あなたの人生に起きた「不運」は、本当に不運だったでしょうか。
病気、家族との確執、パートナーの闘病、見知らぬ国への移住。
どれも、当時は「なぜ私が?」「なければよかった」と思えるような出来事ばかり。
重本史子(しげもとふみこ)さんは、(一社)色彩セルフケア協会理事長、ソウルカラーカウンセリング法創始者。タイ・バンコクと日本の2拠点で、色を通じた心身の整えを伝えている方です。色彩心理学を起点に独自のメソッドを20年以上かけて構築してきた史子さんが、LIFE MANDALAのセルフマスタリーの学びを手に取ったのは約2年前のこと。
史子さんは、ふと現れ始めた内面の違和感と、体調の変化に背中を押されてセルフマスタリーの学びを手にしてくださいました。そして、自分に起きた出来事が、一本の線で繋がった時、はじめて自分の使命が見えたといいます。
今回は、重本史子さんの人生の秩序、LIFE MANDALA(ライフマンダラ)を見ていきます。
本編はYouTubeでライブ映像のアーカイブを視聴いただけます
原因不明の病気が、色への扉を開いた
課題:自己評価の低さが、見えないかたちで身体を蝕んでいた
20代の頃、史子さんはコンピューター系の仕事をしていました。「人前で何かをするのが苦手」という意識が強くて、自己評価が低かった。そのひずみはじわじわと積み上がり、ある日、原因不明の腸の病気という形で現れます。
史子さんの転換:東洋医学の「色とチャクラ」との出会い
調べていくうちに、東洋のチャクラの考え方と色の関係にたどり着きました。腸に対応するチャクラの色がオレンジで、当時の史子さんが無意識に身につけていたものの多くもオレンジだった。「色って、すごいメッセージを伝えてくれている」——そう感じたことが、色彩心理学を深める出発点になりました。
解決策:色は「見るもの」ではなく「整えるもの」
色は脳への刺激です。言葉と同じように、人の内側に作用する。ファッションや空間に取り入れることで、じわじわと心身のバランスを整えることができる。その体験が、史子さんのその後の20年間の仕事の土台になりました。

「先生」と呼ばれていた私が、学びを求めた理由
課題:教える側にいると、客観視してくれる人がいなくなる
2002年から個人事業を始め、2019年には法人化。メソッドを伝える中心人物として動いてきた史子さんには、ある悩みがありました。それは、生徒さんやスタッフさんと共に、次のステージに行くためには、自分を客観視できる場が必要だということです。
「全然関係のないところで自分を客観視して整えていく場が必要だと感じた」。
そして、もう一つの自覚。「先生と言われたら調子に乗るタイプなんですよね」と笑いながら話してくださいましたが、これは本質をついた正直な言葉ですね。表裏のない、史子さんの人格が伝わってきます。
史子さんの決断:セルフマスタリーという学びへ
2016年頃から続くご縁の流れで、北原万紀(Maki)と出会い、約2年前からセルフマスタリーの学びを手に取ることに。色とは全く関係のないフィールドで自分を整えること。それが、史子さんの仕事の質をさらに深めることになっていきます。

夫の病気という「不運」が、世界への扉だった
課題:仕事に密になると、また病気になる。そのサイクルから抜けられなかった
仕事が好きで深く入り込むと、体が限界を知らせたり、バランスをとるべきことを教えてくる。そのような出来事は、ご自身だけではなく、ご主人の病気という形でも現れました。「私だけじゃなくて、なんで夫も?って」——当時はそう思うしかなかったそうです。
史子さんの転換:タイ・バンコクへの移住
闘病をきっかけに、生活拠点がバンコクへ移ります。「日本にいたら絶対なかっただろう」というくらい、多様な国の人と出会う機会が増えたのです。
「海外にいるからこそ、日本の良さがめちゃめちゃ見えてきた」
もともとアンティークが好きで、いろいろな国に小物集めに出かけるそうです。その中で、距離を置いたはずの日本のアンティークに惹かれる自分がいたといいます。

解決策:不運に見えた出来事が、使命の景色を広げていた
夫の病気がなければ、海外移住はなかったそうです。海外移住がなければ、日本文化の価値には気づかなかった。
母や弟との確執を、セルフマスタリーのワークの一つで題材にしていく中で、意識的に距離を置いていた地元が近く感じられるようになっていきました。
そうすると、「この地元にある古き良き文化を次世代へ伝えていきたい」というビジョンが自然と生じたそうです。

嫌いだと思っていた家族が、使命の土台だった
課題:長女として、母との関係に諦め感があった
史子さんの転換:ディマティーニメソッドで過去を見直す
LIFE MANDALAで学ぶ中でディマティーニメソッドに取り組み、家族との関係を深く見つめ直した時、「ネガティブだと思っていた体験が、実は母からの深い愛だった」と大きな深い気づきを得たそうです。
母が私に示した怒りの下にあったのは、愛でした。
そしてふと気づきます。母が大切にしてきた和の文化、お茶の稽古、古いものへの愛着。それがそのまま、史子さん自身が「夢中になっていること」と重なっていたことに。
解決策:自分の価値観のルーツは、最も身近な人の中にある
史子さんは今、着物、書、茶道、アンティークの布……日本や九州・北九州の伝統文化を次世代へ継承していく活動に力を入れ始めています。
そうすると、これまで接点のあった人たちから、声がかかったり、不思議なご縁で、ビジョンを実現していく仲間や協力者に出会うようになっていきました。点だった出来事が、セルフマスタリーとであって、線になってきた感覚があるそうです。

あなたの人生の秩序「ライフマンダラ」で生きるために
「アンティークになれるのは、自分次第」
ガラクタかアンティークかは、年数でも価格でも決まらない。自分がそれをどう扱うか、どう磨いてきたかによって決まる。長年積み上げてきたものこそが、かけがえない価値になる。
あなたの人生の中で、「嫌だったけれど、なければよかったとは言えない」出来事はありますか?


